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2015年2月18日水曜日

★初めてのカイロプラクティック★

生まれて初めてカイロプラクティックいわゆる日本でいう整骨院に行ってきた。



Kazuは何となくだけど、
整骨院=マッサージや指圧で本格的に治療として治してくれる院だと勝手に思い込んでいた。


何故そんな思い込みをしていたかというと、それとよく似た名前の整形外科と接骨院をほぼ混同していたことからなる。 それはどういうことかというと、整形外科は「整」という字がついてるし、接骨院は「骨」という字がついているので、その二つを足して2で割ったのが「整骨院」的な感じなのかなぁ... と、とんでもない勘違いをしていたのだ。


では「整形外科」と「接骨院」の違いは何かというと、大きく分類して「医師」であるか「柔道整復師」であるかの違いで、前者は医療行為(レントゲン検査、メスによる切開、注射、投薬)ができて後者はそれができないという違いがある。 じゃあ「接骨院」と「整骨院」の違いは??? と気になったので魔法の箱で調べてみたところ、ほぼ同じだそうだ。 しかーーーし(o・ω´・o)b 「整骨院」と「整体」は違う。


  ということで ・  ・


以下の表にまとめてみた。

Kazuが月に一度通っている「喜和」(きより)は「整体」(リラクゼーション整体)で、心地いいBGMが流れる一室で頭のてっぺんから足先まで指圧でツボをマッサージし、身体全体を癒してくれる施術法だった。 その指圧というのがまた程よい力加減で、疲れが溜まっているときなんてついうっかり眠ってしまうこともある。

ここまで色々と説明して何が言いたいかというと、結果的にこの4つをほぼ混同していたんだな( ̄ρ ̄) で、整骨院という名だからいまいちピンとこなくて、カイロプラクティックと言ってもらえると「あぁー!」となるんだよな。 要するに、それに気づいたのが予約していた1時間ほど前に遡る。 今日は英語のレッスン日で「What's new?」を訊かれたときのこと、「肩こりと首こりが酷くてこれから整骨院へ行く予定です。」というセンテンスを考えながら答えていたら、I'm going to  ・ ・ ・  あれ? 整骨院って英語で何ていうんでしたっけ(゜ ゜;) から始まった。。 そもそも日本語が理解できていないので、英語に訳しようがない! その疑問に生徒の一人が「Chiropractic【カイロプラクティック】じゃないですか?」と答えた瞬間、


「えぇーーーΣ( ̄д ̄ノ)ノ
私、これからカイロプラクティックに行くんですか!?」



生徒: 「いや、行くんですよね? 先生、整体は英語で“カイロプラクティック”でしたね」
先生: 「はい、そうですね」
Kazu: 「あぁ・・ 私、カイロプラクティックに行くんですね。。」
みんな:「え!? 行くんでしょう?」
なんて会話が続き、英文を完成させ、レッスンが終わり豊中市に在る三浦整骨院へ向かった。

そもそも何でこの整骨院を知ったかというと、知り合いのご年輩Wさんが「肩こりが酷いときとか捻挫したときに行くと直ぐに治してくれるよ」と教えてくれて、さらにこの整骨院をベタ褒めしていたので前々から気になっていたのだ。
現在慢性化している肩こり・首こりの殆どがこのブログを書くのに長時間同じ体制でいることが原因で、特に報酬を受けているなら「仕事で... 」なんて言えるけど、単なる趣味でやっていることにお金が掛かってしまっていると相方が気付いたら何て言われるのだろう ((゚゚дд゚゚ )) あとPCラックのコロが壊れて5cmほど高さが低くなったというのも原因の一つだと思われるので、相方にはこっちを重視で伝えよう(。`・ω・)q

そんな原因や紹介者などを問診票に記入して、いざ診察室へ(( ̄_|
引き戸を開けた向こう側は診察台ごとにカーテンのパーテーションで区切られていて、指名していた院長に「そこへどうぞ」と目の前の診察台に案内された。
これから人生初のカイロプラクティックとやらを経験するに際し、緊張して言葉数が減る。 そして上着や鞄などの荷物を入れる為のカゴを渡されたはいいけど、それがスーパーの買い物カゴに少々驚き、このカゴを一体どこで入手してきたのだろう.. ( ̄ρ ̄) という疑問が頭を巡り徐々に緊張が解けていく。。 専業主婦にとって買い物カゴは週に数回利用するアイテムで、「日常」を思わせられるのが緊張緩和を導いたに違いない。

そして着衣はそのままで施術が始まった。 先ずは立った状態で前屈と後屈をさせられて首が後ろにあまり曲がっていないと指摘を受け、座った状態で「整骨」についての説明を受けながら患部を診てもらい、整骨院と整形外科両方に一長一短あるというお話等々.. 暫く触診した後に、「6番目の骨が中に入り気味になっているので、これを元に戻します」と言ってきた。


え!? 中に入った骨を戻す ((゚゚дд゚゚ ))
メスを使わずに?? どうやって???



「はいできますよー」と言いながら首筋や肩甲骨の周りの筋肉を親指の腹でグイーーーと伸ばされて、「徐々にやっていきますので、先ずはうつ伏せになってくださーい」→肩甲骨の間をベキベキ


うっ(* *)


「はい、次はそのまま右横を向いてくださーい」→右脚を手前に出して右肩を後ろに引いて同時にベキベキベキ


ふごっ(* *)


「次は左横を向いてくださーい」→左脚を手前に出して左肩を後ろに引いて同時にベキベキベキ


あーうー(* *)


「今度はまた座ってくださーい」→首を左右にベキベキッ、ベキベキッ→肘を上に上げてベキベキベキ「ペキッ?」



あれ? 最後の音はKazuの骨じゃないよね(。´・ノ0・) (心の中で)


「また台の上に脚を伸ばしたまま座ってくださーい」→先生が前方上から覆いかぶさってきて腹部を持ち上げ背骨を上部へベキベキベキベキーーーーー


ウギャー、グエッ(* *)


これで6番目の骨が元に戻った。 凄い技である(((u u*)
もうね、ここまでされると訳がわからなくなり笑いが込み上げてきて止まらなくなるし、要所要所奇声を上げるKazuが可笑しいのか院長も半笑いだった。

そんな初のカイロであらゆる柔道複製術を受け、体の動きの可動域が広がって何だかスッキリした気分になったけど、どうしても気になる点が一つ... 診察室に流れているBGMが穏やかな癒しの音楽であったこと。。 その曲の合間に響き渡るベキベキ音とは何ともミスマッチで(´・ω・`) Kazuがこの状況に合った曲を選曲するならば...

やっぱりこれだろうな( ̄ρ ̄)

最後に腰や坐骨などをグリグリされている間ずっと『ロッキーのテーマ』が頭の中で響き渡り、この戦いに敗れた気分でいたKazuに院長は「次は三日後ぐらいに来てくださいねー」と、さらっと宣戦布告をして去って行った。

受け付けで精算を済ませ、三日後の土曜日は午前中のみで混み合う為、次の戦いは月曜日の午前中に延期され、「ありがとうございました(u u*)」と一礼をして院を後にした。

初めに数回続けた後は、気になったときに通えばいいそうで、暫くはこうした戦いが続きそうだ。


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2014年7月4日金曜日

★健康とは何よりも大切な宝物★

リアルタイムの記事は入院の記事以来でございます(((u u*)


退院以降も術後の診察で何度かヒロシに診てもらい、疑いがあった所見に関しても検査の結果「白」ということでホッ。っとしたのも束の間、妊娠中に引いてしまった風邪を拗らせてしまい、退院と同時に今度は耳鼻科にお世話になることに.. 何と、副鼻腔炎をやらかしてしまっていた(|||´・ω・) 一度かかったことがあったので、予想はついていたんだけど。。


その治療について先ずレントゲンを撮ってから
  治療→薬→治療→薬・・・・・


を根気よく3カ月間繰り返し、CT撮影の結果改善の見込みがなければ手術(左右の鼻腔を両方一度にするなら2日間の入院)という判断が院長(以下、Dr. かねこのオヤジ)によって下された。 その場合、設備の整った別のクリニックでDr. かねこのオヤジが執刀すると言う。 手術方法は内視鏡によるもので短時間で済むらしいけど、全身麻酔をして行うと聞いた瞬間、入院中の麻酔から覚めてからの眠れぬ夜のことを思い出し、これは何としてでも薬で治してやる(。`・ω・)q と決意した。



そんな意気込みとは裏腹に3カ月経っても治らず、しかしとにかく手術だけは避けたかったので、Dr. かねこのオヤジに「抗生物質を最初に処方してもらったのからやり直したい」と提案してみた。 Kazu自身、退院後は抵抗力が低下していたけど、少し体力が回復した今なら最初に処方された薬が効くという自信があったのだ。 きっとこのクリニックで、ド素人の患者が院長にものを言ったのはKazuぐらいだろう。。 フロモックス錠100mgを5日分処方してもらい、約3カ月にわたる通院を漸く終えることができた。


そして緊急手術から約半年を迎えた現在、ヘソのキズも目立たなくなり大笑い&くしゃみもへっちゃらで、鼻の調子も良好だ。 しかしこう立て続けに病気になると最近では病気自慢ができるオンナになり、お年寄りの方と肩を並べて話ができるくらい病気の自慢話が上手くなった。 とは言え高血圧や高血糖、糖尿病によりインシュリンを毎日打つ話を聞かされると、健康とは何よりも大切な宝だとつくづく思う。


さらに帰国から1年以上経った今でもGrazで書ききれなかった記事を鮮明な記憶を辿りながら、今後Grazで生活や旅行をされる方の少しでもお役に立てればいいなという思いと、完成後の製本を夢見ながら ちょいちょい更新を続けている。


  「継続は力なり」


滞在中に行けなかったSchloss Neuschwanstein【ノイシュヴァンシュタイン城】へは9月に行く予定。 そんな旅のプランを立てるためにネット検索と某ガイドブックで情報収集に勤しみながら、時折ブログを更新する日々を送っている。 

記事数にして200件ほどに達したこの滞在記も、そろそろ終わりが見えてきたとは言え、残るところ30話は下らないだろう( ̄ρ ̄) 今書いているBudapest、そしてPraha最終日、Wien、Postojna、Bledなど


あぁ... ダメだ やっぱり
  終わりが見えない(>ω<ノ)ノ


と挫けそうになりながら、ぼちぼち更新しています。
滞在記を書き終えたらこのブログを「旅行記」に改め、9月に予定しているZürichとMünchenの旅のお話を書いていこうと目論み中。


そんなKazuのブログですが、これからも続けて参りますので、今後とも温かい目で見守ってくださいますよう よろしくお願いします(((u u*)


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2013年12月23日月曜日

★暫く入院していました★

 ブログを暫くお休みしていたその理由は ・ ・


12月14日から5日間入院していました。 しかも緊急入院、緊急オペ。。

40年間生きてきた中で、「至急」や「大至急」なんて言葉は仕事や日常でよく使う言葉だった。 もたもたしている相方に対しても「大至急やってよねー(*`д´)ノ゙」なんてのもよく言っていたけど、自分の身に「緊急」の文字を突き付けられたのは生まれて初めてのことで、入院と手術を重ねて告げられたときには少しパニック状態で頭の中が真っ白になった。

それは妊娠7週6日目のことで、4週1日目の診察から筋腫の影に隠れたり、エコーが反射するせいで胎嚢の位置が確認できず、この頃から子宮外妊娠の疑いをかけられて、クリニックより紹介状を渡され総合病院へ転院。 7週6日目にやっとその形を見せた位置が予想通りの卵管だった。 それまで腹痛や出血もなく、どうか腹腔内で確認されますようにと祈る思いでいたので、そのショックと相方と連絡が取れない(出張続きで約半月不在だった)ことで不安の波がどっと押し寄せてきて倒れそうになった。 HCGの数値は上昇し続けていたので、直ぐに手術をしなければ卵管が破裂する危険性があった。 そうなったら輸血が必要になることもあるし、へたすりゃ命の危険も。。 緊急というのはそういう意味だったのだ。 主治医(以下、ヒロシ)は、そういった説明をいつもの口調で淡々と伝え、手術には家族の同意が必要なので直ぐに家族の人を呼んで下さい。 と告げて診察に戻った。 そんなこと言ったって、相方は羽田―伊丹間の空の上。 小一時間は連絡がつかない。 やむを得ずその間に血液検査、尿検査、レントゲン、心電図、肺活量といった術前検査を受ける。 伊丹空港に到着した相方に電話が繋がり直ぐに来てもらうように伝える。 予想されていた入院だったので、準備していたキャリーバッグも持ってくるように伝えた。 その後病室に案内され点滴の針を血管に入れられる。 (研修医のような若い医師で、一度失敗されてイテテな思いをした。)



  あぁ・・ もう逃げれない。。


その後相方が到着してヒロシより手術の説明を受ける。 腹腔鏡手術でヘソ部分を2cmほど切って腹腔鏡で見て着床部分の卵管を摘出し、子宮内膜を掻把する予定で手術時間は一時間程度、麻酔方法は全身麻酔。 静脈麻酔で意識レベルを落とすので、肺に管を挿管して呼吸を確保するといった説明だった。 

手術は15時半から1時間ほどの予定だったが、もう一方の卵管も癒着があったのでそれも摘出した分、倍の時間が掛かったと麻酔から覚めたときに相方から聞かされた。 Kazuの感覚では麻酔で意識を失ってから覚めるまで、一分といった感じだった。

そんな一瞬の出来事で手術自体はあっと言う間に終わったのだけど、問題はこれから。。 麻酔でもうろうとした意識から徐々に覚めてくると、Kazuの体が器具でがんじがらめ状態になっていることに気が付く。 その不自由さといったら「不快」を通り越えて「辛い」という表現... いやそれ以上だろうか。。 その装着は7点に及び、 酸素マスク、心電図、点滴、着圧靴下&血栓予防の着圧器、尿管、血圧計、パルスオキメーターがKazuの体に装着されていた。 血圧計と血栓予防の着圧器は、各一定の間隔で圧迫してくる。 静かな四人部屋の病室に着圧器のプシューンという音と、酸素マスクのスーーーといった音がよく響く。 同室の方々に申し訳ない気分になり、それが夜中中続く ・ ・ 更にこの着圧器のデキが悪く、脚を立てると外れやすく その都度外れたことを知らせる音がピーーーピーーーピーーー ・・・ と鳴る。 その音で目が覚めるのと、24時過ぎに地震があったのとで。。 そんなこんなで一時間おきに目が覚めた。 その後中々寝付けないので睡眠導入剤の点滴を足してもらい、数時間眠れたのも束の間。 明け方背中の激痛で目が覚める。 寝返りが打てない一定の姿勢のせいで背中と肩、首が痛い。 またナースコールを鳴らして痛み止めの点滴を足してもらって少しましになり朝を迎える。 殆ど眠れぬ状態で睡眠不足。。


翌朝、やっとデキの悪い着圧器を取ってもらい、同時に血圧計、心電図、酸素マスクが徐々に外され、自力で歩行が出来ると尿管も外れた。 外す瞬間、にゅるんといった管の感触が気持ち悪い。 装着時はというと、残尿感があって気になって仕方がなかった。 そんな不快な器具たちから解放され、腹腔鏡手術で切ったお腹を庇いながら歩行運動を始める。 ヘソを切っているので、腹筋に力が入りにくく腹圧が掛かる度に傷口が痛む。 その翌朝の回診で、ヒロシに今日も院内を歩くようにいわれ「はい♪」と返事をしたものの上げ膳据え膳のベッドの上が快適になってきて堕落し始めていた。 成人してから大きな病気一つすることなく健康そのものだったから、自由が効かない病院なんてとんでもないと思っていたけど、歩行ができるようになると入院生活も悪くない。 しいていえばマジックハンドが欲しい。 体を引っ張る体制を取る度に、傷口が突っ張りイテテ(> <) の状態になるのだ。

 朝昼晩と看護師さんが体温と血圧を測りに来て、食事状態とガスが出たか、排便が有ったかなどを毎回訊かれる。 初日から一日半、絶食だったので食事が始まるまでガスが出なかった。 そんな時、病室の向かいの若い女の子も同じ問診で「はい ・  ・  ガスでましたぁ。 トイレで...」と場所まで答えていた。 若いし、まだそういった質問に恥じらいがあるのだろう。 恥じらいをなくしたKazuは、パーテーションの向こうで


「場所は訊いてないんじゃないの!?」


と心の中で突っ込み、Kazuが出たときにはどう答えようか考えてしまった。 その翌朝、ヒロシにまで訊かれ、デッカイ声で張り切って「ハイッ(*・∀・)/ 出ましたー!」と答えた。 何ならオナラで答えましょーか? という勢いだった。(←まだそういう技は持っていないけど ・ ・ )

食事も順調で、術後二日目に点滴が外され、術後の経過も良く予定通り5日間の入院で19日に退院しました。


入院中はFBでの励ましのコメントやメール、退院後にはお花やお菓子を贈って戴きまして、ありがとうございました。 今はすっかり快復して、日常の生活を送っています。

皆さまの温かいお心遣いに深謝。。

2013年5月24日金曜日

★けいがん!?★

先週12日の日曜日のこと、帰国後初めてインディアカの練習に参加した。
帰宅すると、どうも右足の親指の付け根下の膨らみが痛い。 きっと久しぶりの運動だったし、力が入り過ぎて痛めたのだろうと思っていた。 しかしその翌週の日曜日の練習後も痛くて、歩く度に膨らみの部分がズギッと鈍い痛みがでる。 そして昨日のヨーガで、足裏を握り拳で叩いているときに気付いてしまった。。
ちっちゃいマメみたいなものを...


コレか!?
二週間ほど前からKazuを悩ましていたものはΣ( ̄口 ̄)



足の裏にできた3mm程のちっちゃなマメ。。 この正体は一体なんなんだい!!
魚の目? イボ? その後のヨーガは集中できず 木のポーズもフラフラ状態(´-ω-`)
今日は絶対に皮膚科に行って、その正体を突き止めてやるp(・`ω´・ ) とか、美容院も行きたいしなぁ・・ 今日はビヨウインとビョウインの日だな(*ノ∀ノ) とか、皮膚科は帰国以来行っていないから、先生元気にしているかな・・ とか、先生このマメ見たら喜んでくれるかな(^m^*)♪ とかとか。 もう頭の中はマメで一杯になっていた。


ヨーガから帰宅して、美容院の予約の電話を入れると17時からしか空いていなくて、皮膚科の午後の診察は16時-18時半迄だから、ビヨウインからのビョウインで決定(o・ω´・o)b 美容院のお姉さんとは、足裏にできたマメの話で盛り上がり、アッという間の1時間だった。 その後急いて皮膚科へ行き、診察の結果「けいがんですね!」と言われた。 Kazuの頭の中では「頸癌」の文字が浮かび上がり、


ガン!? ((゚゚дд゚゚ )) ちょいとセンセイ、細胞も見ずにいきなり

ガンと診断してもよろしいのですか??? と。。


「癌?」と聞き返すと、「いえいえ、鶏眼ですよ」と言いながら、メモ用紙に書いてくれた。
「まぁ、一般に魚の目と呼ばれますね」と、それも書いてくれて、表皮に出来た硬い皮膚が真皮に ・ ・ ・ と、図まで描いて丁寧に説明してくれた後、「削りますので、診察台に俯せに寝てくださーい」と言われた。 まだ相方に見せてないのに取っちゃうなんて。。 と、枝豆や大豆といったマメ好きの相方に見せてやりたかった思いで一杯だったけど。。
ここは先生の言うとおり、オペを受けて帰宅した。


仕事から帰宅した相方に、
「ねっ、ねっ、見て見て! これ何だと思う~?
鶏眼だって! 魚の目よ( ̄∇ ̄+) 私ね、今、
目が3つあるのぉ~♪(*ノ∀ノ) 」



と言うと相方、「しょーもなっ( ̄◇ ̄*)」と言いながら、枝豆を美味しそうに食べた。 マメ好きの相方のことだから、魚の目も喜んで見てくれるだろうと思ったのに ・ ・ 。 原因は重力がそこに集中するからだそうで.. 考えられるのは、皮膚が硬くなる=「老化」と、海外生活で体重が急激に増えたことだろうと思う。

今日からダイエットだな。。(´-ω-`)


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